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5回にホアを一つ出して完全試合こそ逃したものの、貫禄の5回ノーノーで11-0での完勝
観客席から思わず、強ぇーという声が鳴り止まない

スタンドに挨拶に向かい頭を下げたあと、顔を上げると満面の笑みで手を振っている美緒と未悠の姿が目に映った
それで竜也はリストバンドと手袋をそれぞれ掲げてみせ、改めて恭しく一礼した
美緒と未悠が頷いているのが見えたので、竜也は軽く右腕を上げてベンチに戻った

もうほとんどの部員が帰り支度を終えている中、竜也は遅れての到着

「早く終わらせろよ」
言って、千原はベンチ裏へ引き上げていく

はいはいという感じで竜也はリストバンドや手袋をカバンに仕舞っていると、後片付けを終えた祐里が一緒に帰ろうという感じで待ち受けている
それに竜也が気づき、バッティンググローブを手に取ってみせていつもの不敵な笑み

「今日もこれのお陰で打てました。ホント感謝してます」
竜也が恭しく頭を下げると、祐里はそのグローブを手に取ってふふと笑う

「まだ半年も経ってないのにね。見事にボロボロじゃん」
祐里が今年の誕生日プレゼントに送ったそれ

本格的に使い出したのは4月からで、練習をよくサボっていると揶揄されているにもかかわらずのこの状態

「次はグラブ買ってね、お姉ちゃん」
竜也は無表情を装ったままとんでもない暴言を吐いているが、なぜか祐里は神妙な顔を崩さないでいた
バッティンググローブを何か祈りを込めるようにしてしっかりと握りしめてから、それを竜也に戻した

「あと2試合。頑張れ男の子!」
言って、祐里はあははと笑う。甲子園行き決まったら、グローブでもバットでも買ってあげるよと続けて

グローブを受け取り、竜也はバッグに仕舞いつつ「って、俺高校で野球終わりだからいらないわ」と返したので、再び祐里はあははの声

「おい、早くしろってさ。監督怒ってるぞ」
浩臣が笑いながら顔を出したのを見て、竜也と祐里は互いに顔を見合わせて小さく頷いた


慌てた感じで3人がバスへ向かうと、“出待ち”のハァンが待っていた

『伊藤くん、これ受け取ってください』
などと、大量のプレゼントを受け取りつつ表情を崩さない浩臣を尻目に、竜也は祐里と何事もなくバスに乗ろうとした矢先に“知っている顔”を見つけて足を止める

「杉浦、あのパフォーマンスよかったよ」
未悠が自分の手首にキスする真似を竜也に見せている間、祐里は美緒から“おめでとう”と声をかけられて小さく頷いている

「けど...まだ2勝しなきゃだからさ」
言って、祐里は小さく手を振って笑みを浮かべている

「あ、そうだ。竜也、サイン貰える?」
美緒が唐突に申し出ると、竜也は苦笑して被りを振った
いや、マジでそういうの勘弁してと素になった竜也に対し、未悠も私にもちょうだいと悪ノリ
そして二人がカバンから取り出したのが、それぞれ婚姻届だったので竜也は激しく噎せている

「どした?」
竜也の“異変”に気づき、祐里はバスに乗る寸前だったのを引き返している
そして二人の持っている紙を見るとすぐに真顔に変わる
Cabron.と呟くと同時、祐里もカバンから別の紙を2つ取ってそれぞれ美緒と未悠に手渡す

美緒と未悠がその紙が『離婚届』だと確認したと同時に、祐里は2人の持っていた『婚姻届』をビリビリに破り捨てている

「ちょっと祐里ってば」
美緒が呆れた顔でそう抗議するが、すでに紙は藻屑と散っている
祐里は紙屑をしっかりと処分し終え、竜也に早くバスに乗るように促した

「これにサインすればいいん?」
離婚届を指差しつつ竜也が悪ノリすると、未悠は苦笑した感じでその紙をくしゃくしゃにして首を振った

「もういいよ。そういえば、今日の夜よろしくね」
未悠がそう呼びかけ、竜也はいつものように右腕を掲げるポーズ
いつの間にか浩臣もバスに乗っていて、早くしろよと声をかけている

「あ、そうだ。美緒、松村。はいこれ」
言って、竜也はまたどこからか赤いバラを取り出すとそれぞれ2人に手渡した

呆気に取られている2人を尻目に、竜也もいつの間にかバスの車内の人へ
浩臣の隣、窓際に位置すると美緒と未悠に向けて“皇族”ばりの手を振るパフォーマンスを披露


バスは宿舎へ向かっている
「しかし伊藤くん、大人気だな。あんなにプレゼント攻めにあうのって、プロ野球選手みたいじゃん」
竜也に茶化された浩臣だったが、すぐに首を振ってそれを否定する

「よく言うわ。婚姻届2枚出されて、サイン下さいって言われてるほうがよっぽどだろ。しかも2人とも美人だし」
言われ、満更そうでもない表情をしつつ竜也はカバンから紙を2枚、まさかのさっきの婚姻届を浩臣に見せる

「って、進藤が破いたんじゃなかったのか?」
思わず小声で浩臣がそう訊くと、竜也は何事もなくそれをカバンに戻している

「こんな面白いものくれたのにさ。祐里は酷すぎるよな」
素知らぬ顔でそう呟いている竜也に対し、いつから手品使うようになったんだと浩臣はお手上げの様子

「そいや夜って何だ? まさか抜け出すん?」
スマホを弄りつつそう聞かれた竜也は、無言でサムズアップポーズをしてみせるがすぐに首を振った

「松村が今麻雀ハマってるとかいうからさ、じゃあオンラインで対戦するかって話。伊藤くん麻雀できたっけ?」
振られ、にゃ、遠慮しとくと浩臣が即答したのでそっかと再びスマホに視線を戻す

「僕、麻雀出来るよ?」
「俺も出来るけど?」
話が聞こえていたようで、前方に座っていた安理と樋口がそう話しかけてきたが、竜也は返答すらせずにスマホの画面に夢中

「オイオイ、酷いな」
クククと浩臣は笑いつつ竜也のスマホの画面を覗くと、そこにはメガホンを振って応援する美緒と未悠の姿

何だよそれと思わず呟く浩臣に対し、竜也はニヤリと不敵な笑み

「2人が送ってくれたんよ。“応援歌歌ってみた”って」
嬉しさを隠し切れていない竜也に対し、浩臣は俺よりよっぽどいいプレゼント貰ってるじゃねーかと思わず呟いていた